MotoGPマシンにおける電子制御の重要性と難しさ



MotoGPの開幕戦も終わりましたが、テストの時からYAMAHA勢は電子制御が良くないと引っ切り無しに言っていました。

しかし開幕戦の決勝では、バレンティーノ・ロッシが3位表彰台を獲得し、「レース動画あり!MotoGP 第1戦 カタールGP 結果と各選手のコメント」という記事では、マーベリック・ヴィニャーレスが「フリー走行4の後で、フィーリングが高まるバイクにしました。昨年は難しいことを探していたけど、すごく簡単なことでした。」とテストの時から抱えていた電子制御の問題が解決されたようなコメントを残し、インタビューの最後に「僕のバイクは、僕の方向に向かって進みます。バレンティーノは、僕とは違う方向に進みます。」と答えています。

そこで、MotoGPのバイクにおける電子制御の重要性や難しさについて、注目したいと思います。



2016年に、MotoGPマシンのECUはファクトリーが開発したソフトウエアから、当時Ducatiが使用していたマニエッティ・マレリ製のものに置き換えられました。
ホンダは2013年にこの措置に反対しており、MotoGP撤退も辞さない姿勢を見せていた程MotoGPマシンにとってはとても重要な役割を果たしており、電子制御は各チーム内で専属の電気系エンジニアが作業に当たります。



電気系エンジニアの方の仕事ですが、大まかに言ってしまえば、マシンの情報収集システムの準備と管理をしています。

センサーを取り付けたり、メンテナンスをしたり、破損した部品を交換したりケーブルの状態をチェックしたり、異常が起きた時の処置、コーナーを曲がり切れないとか、そのような事をソフトウェアレベルで電子制御と全センサーのダイアログ状態を見て管理しています。
そして、電子制御が受け取った情報を評価し、計算をさせ「トラクションコントロール」のセッティングに利用します。

つまり、トラクションコントロールを設定するにも、コーナー毎の莫大なデータを集めることから始まり、ライダーにマッチしたセッティングを作り上げていくのです。

しかし、私たちが普段乗っているバイクでサーキット走行を楽しんだり、草レースに出たりする上では、そこまでしません。
なぜMotoGPのマシンで情報収集システムがこれ程重要になってくるか実感が沸きにくいと思います。

MotoGPのマシンで情報収集システムが重要になってくる理由としては、集めたデータを現場(サーキット)で見ながら、マシンの挙動を把握出来ます。
その日の気温や路面温度などの天候により、コンディションは変わるので、現場で集めたデータからマッピングを変更したり、コーナー出口でのマシンの挙動を評価したり、2カ所のコーナー出口を比較したり、2種類のマッピングを比較したり、更に成果の高いパフォーマンスを割り出す事ができます。
最終的に全てのデータを集めて分析すると、方向性が間違っていないかが解り、良い点、悪い点が把握出来るそうです。




この電子制御と呼ばれるユニットですが、存在自体は結構前からありましたが、ここ数年で大幅に進化してきています。


2004年からバレンティーノ・ロッシと共に働き、ドゥカティへ共に移籍し、現在もロッシが厚い信頼を寄せるYAMAHAの電気系エンジニア マッテオ・フラミーニ氏が言うには、1994年にフラミーニ氏が仕事を始めた頃は、マシンに10個程度のセンサーが搭載されていましたが、今はデータ収集規模での計算結果から見ると200以上のチャンネルになるそうです!

10チャンネルから200に増えたらストラテジーも増え、ストラテジー毎にパラメーターの綿密なコントロールが要求されるので、分析する時間も膨大になります。

昔はありきたりで大雑把なシステムで、最近のシステムは電子制御だけでなく、どう処理するかの「判断」に関しても洗練され、仕事は全体的に複雑になったようです。

最近のシステムは200のセンサーから情報を集め、マッピングやトラクションコントロールを作っていき、非常に手間暇がかかります。
こういった作業から最近の電子制御は進化しすぎているのではないか?と言う声も出ています。
実際、フラミーニ氏へのインタビューでも質問されたことがあります。

当時のフラミーニ氏のコメントによると、
「安全面に関しては確実に向上していて、ショー的なレベルでの「ハイサイド」は見なくなりましたよね。
電子制御で悪い所があるとするならば、「レベルが均一化する事」だと思います。
マシンのパフォーマンスはどれも似たり寄ったりで、優秀なライダー達がよりペナルティーを食らっています。
moto2ライダーがMotoGPに昇格し、すぐに最速で走れると言うのが、まさにそれです。
昔のライダー達はMotoGPマシンで、もっと苦労してたはずだと思うんですが、近年は、すぐに乗り心地良さそうに走ってますよね。
これは電子制御のお陰で、電制がそれほどでもなかった500ccの2ストロークでは考えられない事でした。」
とコメントしています。


確かにGP500の頃を考えると、ルーキーがあっさりバイクを乗りこなすなんて信じられませんね。
電子制御は、GPマシンが2ストロークエンジンから4ストロークエンジンにスイッチした2002年ごろから急速に進化しました。
当初は4stマシンの強大なエンジンブレーキをどう制御するかが大きな焦点で、同時に「ハイサイド防止装置」としてのトラコンにも力が注がれた経緯があるので、ハイサイドは減りました。

ロッシと非常に付き合いの長いフラミーニ氏によると、ロッシが The Doctorと言われるだけあって、電子制御についてもロッシは相当詳しいようです。
電子制御過渡期から、現在の最新のシステムまで2人は使用してきました。



フラミーニ氏がロッシと働き始めた2004年に、どのように電子制御システムが働いているのか、どのパラメーターが調整可能かなどを、ロッシに電子制御の仕組みや役割を叩き込んだそうです。
2004年からシステムが進化するたびに、フラミーニ氏はロッシに知識を与えてきたので、システムに関する ある程度の用語、仕組みなどを理解しており ロッシは電子制御において、自分が何を望むかを具体的にしっかりと説明することができます。

現在のMotoGPクラスのレース中に、エンジンマップは通常3回変更すると言われています。
レース序盤とフィーリングが異なってきたと思った場合や、リアタイヤのグリップが落ちてきた時、コンディションが変化した時などに変更する事もあれば、加速、ブレーキングでマップを切り替える事もあるそうです。
ロッシの凄いところは、座学的な観点を理解し、マッピングの変更を正しいタイミングでしっかりと行う事ができていることだとフラミーニ氏は語ります。



4輪でも電子制御は発達していますが、2輪の電子制御とは全く異なります。
Honda Racing F1チームにエンジン開発スタッフとして関わり、ホンダがF1から撤退することが決定し、元 (HRC) 副社長兼 レプソル・ホンダチーム代表の中本 修平 氏からのヘッドハンティングによって、RC-Vシリーズの開発チームに加わった電子制御開発の桑田哲宏 氏(現 HRCディレクター)は、MotoGPにおける電子制御の難しさについて、以下の様に語っています。

「電子制御において重要なのは、乗り手がどんなアクションを行い、どのように曲がろうとしているのか、どのように走ろうとしているのか、止まろうとしているのか・・・
それに基づいてエンジンパワーの制御を行うということです。
クルマの側がそれを『勘違い』をしたとしたら、非常に気持ちの悪い走りになってしまいます。

なんと言っても、バイクはクルマと違って傾きますからね。
コーナリング時の角度によって、地面に接するタイヤの全周が変わります。
おまけに、これらの運動は、バイクの総重量の半分ほどの重さがあるライダーという『重量物』の搭載位置が変わることによって引き起こされるものなのです。
こうなると、『バイクの動きを制御しよう』というのは、無理な話です。
あまりにも複雑すぎて、いったいどうしたらいいのか と最初は頭を抱えました。

極端な言い方をしてしまいますけど、MotoGPに比べれば、F1における『乗り手の要望』というのはそれほど優先順位が高くありません。
まずは、エンジンパワーによってタイヤのスピニングが発生したりしたときに、トラクションコントロールやローンチコントロールによって、クルマをどれだけすばやく安定させられるかというのが重要です。
ドライバーにはそれを使いこなしてもらうことを考えるし、そうするのが実際に速いんです。

ところが、バイクの場合はそれではダメです。
ライダーは、常に自分のアクションと、それに対するバイクの動きを予測しながら走っているので、そのイメージとの相違がわずかでもあったとしたら、限界に迫っていくことができなくなってしまうのです。
ひとことで言えば『ごまかし』が一切利かない世界です。

と語っています。

私はただのバイク好きの人間で、MotoGPマシンに乗ったこともなく、マシンの設計者でもありません。
しかし、電子制御という一つの括りに注目してみると、マシン作りをする上で非常に重要な分野なんだと実感させられます。

しっかりとデータが取れていないと正しいセッティングは出ず、ライダーのポテンシャルを出せなくなってしまいます。

また、データが取れていないと、新型のスイングアーム等のパーツも生まれないわけです。

記事冒頭で取り上げたヴィニャーレスのコメントですが、ロッシとヴィニャーレスのライディングスタイルが違うので、電子制御やマシンの方向性が変わってくるのは当然とも言えます。

レースの世界なので、速くて勝てればいいんです。

ただ、観戦する側としては、2人のマシンの電子制御がどのように違うか誰かコメントしてくれるとありがたいのですが・・・
ロッシとヴィニャーレスの今後のリザルトに着目し、どちらの方向性が正しいのかを考えながら観戦していくのも面白いと思います。
電子制御ひとつにとっても、相当奥が深いですね。

最後にYoutubeのヤマハ発動機公式チャンネルで公開されている、「Moving You Vol. 5 YZR-M1とロッシをつなぐエンジン制御エンジニア」という動画を埋め込んでおきますのでご覧下さい。
非常に興味深い動画になっており、マッテオ・フラミーニ氏も登場します。

Moving You Vol. 5 YZR-M1とロッシをつなぐエンジン制御エンジニア




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